黄と紫の誕生日

突然だが、、、私はモノは何でもいいけど、「色」が好きだ。一色の美しい色でもいいし、そのグラデーションもいいし、何色かのコンビネーションでもいいし。仕事で資料のグラフの色を考えるときでも、手元の文房具でも、色を見ていると、無性に楽しい。

製品やデザイン画にあるような計算された色・コンビネーションもいいが、自然が作り出す色については、「どうしてこんな鮮やかな色、微妙な色が出来ちゃうの!?」と、自然への畏敬の念も入って、さらにときめく。

そのトキメキを記録しておきたいから、色について今後シリーズでここに書き残していこうと思う。


今回は、自分の誕生日にちなんだエピソードを。

誰もが人生のいろんな場面で花束をもらうことがあると思うが――私たちは、それがどんな花束だったか、どんな印象を受けたか、どれくらい記憶に残っているだろうか?

でっかいカサブランカや大輪のバラがふんだんに入った花束はとってもゴージャスで、いただいた時は「わお!」だけど、私の場合、不思議なことにそれらは長く心に残っていない。

その代わり、過去の花束と言った時、真っ先に思い浮かぶ花束がある。それはもう四半世紀も前に、当時バスケットボール選手だった私が、その時の監督から誕生日にいただいた花束。

それは、黄色のフリージアと紫のスターチスの二種だけで作ったシンプルなものだった。でも、たった二色、しかも対照色の二色だからこそ、そのコントラストが強烈で、ドキューンと私の心に刺さった。

とってもとっても惹かれてしまい、いただいた日から毎日じっくり眺めていた。

フリージアとスターチス

フリージアもスターチスも、普段は脇役的な、決して豪華な花ではない。でも、さりげなく咲く野生の花が好きな私だから、こういう方が惹かれるのかも。いずれこの時は、花の種類以上に、ビビッドな色のコントラストが印象的だった。

以降、私は黄と紫の組合せに敏感になった。今でもこの組合せは好きで、庭や道端や花屋さんで見かけるとつい足を止めてしまう。実際、花にはこの色の組合せが多い。




この花束からちょうど20数年たった今日、私はフリージアとスターチスを買ってきて、今は亡き監督がくれた当時の花束を再現してみた。自分へのお祝いと監督へのお供えを兼ねて。

当時もらった花束はもっと花がいっぱい詰まってた!


「監督、あの花束をいただいてから20数年、私はまた誕生日を迎えましたよ。」

フリージアのいい香りは、花や植物が好きだった監督と一緒に花を愛でているような気分にさせた。

ちなみに、スターチスの花言葉は『変わらぬ心』『途絶えぬ記憶』。はい、監督の下さった花束は、黄色と紫というコントラストが目に焼き付いたまま、途絶えぬ記憶となって私に残っています、、、。


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おまけ:

監督と言えば、彼が亡くなった時のちょっと不思議な体験を以前のブログの中で書いたことがある。きっと今も私の側に来ているだろうな、、、。

春先はタンポポとスミレが黄と紫のコンビ!

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