2017年3月21日火曜日

Rescue?

先日、リンダ・ホーグランド監督のドキュメンタリーThe Wound And The Giftを観た。

www.thewoundandthegift.com より


Rescue (救済)』がテーマのこのフィルム、日本の昔話『鶴の恩返し』を軸に、動物と人間の関係がいくつかのストーリーに渡って描き出されていく。

カナダに来てからぐっと動物に触れる機会の多い私は、以前から興味を持っていてようやく見ることができた。

フィルムの中に登場するのは、人工的に繁殖させられた末に捨てられたオオカミ犬や、殺処分寸前だった犬たち、虐待を受けていたトラやライオン等、人間によって傷つけられた動物と、その動物たちをケアする人間たち。

そしてストーリーが進むにつれ、人間は動物を救っているように見えて、実は自分たちが救われている、という関係が見えてくる。

後半のエピソードに登場した、引退した競走馬を世話する刑期中の囚人。彼は馬の世話を通して、自分がやってしまったことを心から振り返ることができ、徐々に社会復帰への道を歩んでいる。

救われているのは人間と動物、どちらなのだろう?(Who is saving who?) 

動物と関わる様々な場面において、そう私たちに問いかけるているのがこのフィルムだ。

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私も2年前から赤ちゃんだった秋田犬を育てる中で、「こちら(人間)が受け取るものの大きさ」を実感している。それらは、相手をケアすること、想うこと、愛することの中から育まれる、確かな絆の中に存在する。

秋田犬Roninの幼少期

それは言葉を越えたところにある体験だから表現することが難しいが、動物に限らず、人間同志だってとにかく大事に思う人との間に作られる関係は普遍であろう。

現に、私は自分の父が一時入院した時にしばらく世話をしたのだが、何かいつもデ・ジャブな感覚があった。よくよく考えて見たら、自分のやっていること --- それは、着るもの、食べるもの、寝るところ、排泄等、生命に関わる基本的な部分のお世話だが、赤ちゃん犬を育てる時と全く同じ内容だったので、心境がかぶっていたのだ。

私が「大事な生き物を心からケアする」 という意味では、こういっちゃなんだが、父も犬も一緒だったのだ。

そう、動物たちは、人間社会の家族や友人と同じ---そう思えば自分たち人間がやっている行為が相手にとってどうなのかを理解しやすいのではないだろうか?そこには、どちらかが強制したりコントロールしたり傷つけたりりする関係はないはずだ。

上野の国立科学博物館の弥生人の展示。すでに犬が家族の一員になっている。

ちょっと話が飛ぶかもしれないが、、、人間を集団で捉えた時も同じだ。山や森を破壊しての乱開発、木の伐採、海の埋め立て、空気や水の汚染、プラスティックの買物袋やペットボトルの廃棄、、、。


私たちは家族や友人の住処をどんどん壊している。実はそれは自分の住処でもある。シェアしている家を自ら壊しているのと同じなのだ。

じっと卵を温めているガチョウ。NYブルックリンのジャマイカ・ベイにて。

「彼らは、この土地で一緒に生きる仲間」

雪原に降り立つ、美しい丹頂鶴たちをそうとらえるのは、このドキュメンタリーの最後に登場する北海道のツルの村の男性。数十年前、村人たちは絶滅寸前の鶴に一生懸命エサを与え続けてそれを阻止、今ではツルの村として観光客を集め、鶴たちが村に貢献している。Who is saving who?

人間と動物のボーダーがなくなってきている私は、このフィルムによってさらにいろいろと思いを巡らすことになった。映像中の動物をケアする人の心と自分の心がシンクロしてしまって、、、。

このドキュメンタリーが公開されたのは数年前だけど、観る機会を逃していた。いずれ観ていたとしても、当時はまだ私にとって動物の世界は遠かったから、感じ方は違っていただろう。心で感じ取れることができる今のこのタイミングで見る機会が巡ってきたというのも、意味があるのかもね、、、。

実家の窓から。決まった時間にあるおじいちゃんと犬が散歩しているのをよく見かけたが、いつもそこから何かかけがえのない暖かな繋がりを感じていた。

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フィルムの中で、ひとつ、微笑ましく見れるシーンがあった。それは、大聖堂で多くの種類の動物たちが、人間たちの付添いのもと祝福を受けるシーン。

www.thewoundandthegift.com より

これはニューヨークの古く美しいSt. John the Divine大聖堂で、アッシジの聖フランチェスコに敬意を表し、毎年10月に行われる儀式。出席している動物にとってはなんのこっちゃ?かもしれないが、この儀式によって私たち人間たちが、動物も共に生きる仲間であり、彼らから多くのギフトを受け取っていることを改めて感じるいい機会であると思う。

実は私、この大聖堂の目と鼻の先に住んでいたことがあったのに、このフィルムを見るまでこの儀式のことを知らなかった!近年中に必ず参加したいな。

去年2016年の儀式の様子を伝える記事(英語)

動物たちとの関わり方を考えるきっかけをくれるこのドキュメンタリー、内容はもちろんのこと、美しいイラストレーションや映像にも心を奪われる。

特に、鶴が羽ばたく瞬間や降り立つ瞬間の細かな動きは、普段肉眼では見られないから、こうしてたっぷりと見られるのはもはや贅沢の域。そして流れる音楽もしっとり・しっくりと動物たちの動きに寄り添っている。

www.thewoundandthegift.com より

このフィルムにご興味のある方、入手方法を知りたい方は私までご連絡下さい!
tothenorth7 アットマーク gmail.com


The Wound And The Gift ウェブサイト(日英http://www.thewoundandthegift.com/

羽を洗う白鳥。NYロングアイランドにて。

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● 動物と人間の関係や問題について興味のある方は、友人・あずまゆかさんの書いたこちらの記事もどうぞ。

 動物が一方的・強制的に人間の犠牲になっている例は数多くあるが、私が最近署名と寄付をした熊の開放運動。これは、アジアで古くから薬として使われてる生きた熊の胆汁を採取するために捕らえられている熊たち。英語だが賛同される方はこのサイト署名可能。日本語では「熊の胆汁」等で検索すると情報が色々出てきます。


2017年3月16日木曜日

冬の木々たち

北米の北東側は、今週前半スノーストームで大荒れ。しかし、元々私のいるところは雪嵐があろうがなかろうが、3月というのはまだ『真冬』の範疇。最高気温が氷点下の日だってまだ多い。


10月半ば~4月半ばの間は寒く、雪が降る季節だが、数えてみたら1年の半分は冬ということじゃないか!2月後半くらいからうんざりしてきて、3月には「このまま永遠に春が来ないんじゃないか」と思うくらい、これでもかと寒さと雪の厳しさを思い知らされる。


それでも、最近、ひとついいことに気づいた。それは、冬の木々たちが、冬にしかない美しさを見せてくれているということ。


針葉樹が、冬の間も生き生きと緑をキープして白い雪とのコントラストを見事に見せてくれるのはもちろんだが、今回改めて魅せられたのは、葉っぱのないハダカンボウの木たち。

彼らの枝ぶりの全貌がちゃんと見られるのは、考えてみれば葉のない冬の間だけなのだ。春になれば葉に覆われ、実は個性ある独特の曲線は見えなくなってしまう。


暖かい春の陽気、活力ある夏の陽射し、清らかな秋の空気。それらの季節に認識する、色や香りや眩しさをまとった美しさもいいが、冬は「無」によって、物事の一番基本的な、素の姿を映し出してくれる。

下の写真は、北の職場に行く道にある大きな大きな木。バランスのとれた枝の伸び方とその曲線の美しさに妙に魅かれて、車を停めて見入ってしまった。水分を保った焦げ茶色の幹や枝と、鉛色の雲が結構マッチしてる。


これも北の運河沿いにて。朝日に照準をあてて撮ったのだが、あとで見たら松の枝ぶりがいい味出してる!


そして、11本ランダムに伸びる枝も、木全体でみると計算されたような「しっくり」くる美しさがある。それらが映し出す影もまた素晴らしい。



冬でなければわからないことがある。冬だからこそわかることがある。

これを人生のレッスン的にとらえれば、一見何も進展がなかったり、何もいいことが見えない状態でも、それだからこそ気づくことがあるのではないか?ということ。ひとたび何かが動き始めれば見えなくなってしまうけど、静止して深く心を添わせることで見えるものがきっとあるだろう。

以前の私は、真冬の葉のない木が目に留まるなんてことはまずなかった。いや、目で見てはいるのだろうけど、心ではキャッチしていないのだ。(物理的な視野でなく、認識の視野と言えばいいか?)人の視野というものが、普段いかに限られているものか!


自分の物事に対する認識が変われば、実際に見える景色が違ってくるというのは、不思議なようで実際に起こっている。視覚だけでなく、人間の記憶にも言えることだろう。同じ出来事を経験しても、人によって記憶が違ったりすることはしばしばあるから、、、。

私たちはどうも常に何らかのフィルターを通して物事を見ているようだ。(これについていろいろ思うことあるが、とりとめなくなるので、また別な機会に。)

とにかく、木が作り出す自然の形に美しさにうっとりしたこの冬。長い長い冬の中の楽しみをひとつ発見できたことはラッキーだ。





2017年3月6日月曜日

"Women are persons!" オタワで触れたカナダ女性の歴史

「カナダの法律の中でうたわれている「個人」とは、女性を含んでいるのか?」
("Does the word 'Persons' in Section 24 of the British North America Act, 1867, include female persons?")


今から90年前の1927年、カナダ国家に対し、そう問いかけたのはカナダ・アルバータ州の5人の女性たち。

彼女たちの主張をもう少し具体的に言うと、上院議員が指名される際、女性もその候補として考慮されるべきだ、ということだった。(当時は男性のみが対象)

この頃、すでにカナダの女性は州ごとに徐々に選挙権を得てはいたものの、正式な国家法の中での「個人」という言葉の定義を法廷に持ち込んで問いただすことにより、女性の地位・権利を明確に・法的に同等にしようとしたのが、彼女たちの行動だった。

カナダ国会議事堂

1928年、カナダ最高裁は「上院議員に指名される「個人」として、女性にその資格なし」と、彼女たちの訴えを退ける。

それでも"The Famous Five"と呼ばれるこのエミリー、ネリー、イレーネ、ルイーズ、ヘンリエッタの5人は要求を続け、翌1929年に勝利。カナダはついに国家の法の下、「女性も上院議員となる資格を持つ『個人』である」と認めた。

"Women are persons!" 

ヘッドラインにそう載った新聞を掲げたネリーの姿は、他の4人のメンバーとともに銅像となって、カナダの首都・オタワの国会議事堂広場に設置されている。


The Famous Fiveのメンバーで、のちに実際に上院議員になった者はいないが、この1929年の訴訟"The Persons Case"は、公的なポジションに女性が進出するきっかけとなったため、カナダ女性史の中でも重要視されている事柄のひとつだそうだ。



3月は国際女性月間、38日は国際女性デーということで、ふと以前訪れたオタワでこのWomen are persons!モニュメントを見たことを思い出し、ここに書いてみた。

そこには、国家君主のエリザベス女王の銅像もあって、まるでThe Famous Fiveを後押ししているみたいだった。


女性だけでなく、人種や宗教等、何かひとつのカテゴリーに特化して語るのは、それ自体差別を際立たせるような危惧も時折感じるのだが、やはり声をあげないと社会で問題が認められず、苦しみ続ける人がいるのも事実だ。

雇用機会や社会的権利・待遇等の平等以前に、力の差による暴力等、身体的な違いによって恐怖や屈辱にさらされているケースも世の中にはまだまだあるだろう。思い込みや無知によって起こるヘイトクライムも非常に悲しいことだ。

ある程度、法や人々の認識が発展した社会で平等を訴えることができるのはまだいい方なのかも。だからこそそういう社会にいる人たちが、まだそうなっていない社会のために、どんどんリードすべきなんだろうな。


国際女性デーとは言っても、性差だけでなく、あらゆる「違い」から起こる悲劇に対して、自分は何が出来るかな?と考える日にしたいな、と思った、、、。


おまけ!せっかくオタワに触れたついでに写真をいくつか載せておこう。この時はたった数時間の滞在でゆっくり出来ず、また行きたいと思っているので、自分へのリマインダーを兼ねて。

どこに行っても楽しいのは市場!国会議事堂のあるパーラメント・ヒルから歩いて行ける、歴史の古いバイワード・マーケット。(オバマ前大統領が訪れたクッキーやさんは、ここぞとばかりオバマをネタに、、、。)



パーラメント・ヒルのすぐ南側にある戦争記念碑。私が訪れたあとに、テロとされるシューティングがあり、悲しい場所となってしまったが、、、。


パーラメント・ヒルからオタワ川を臨む。向こう岸はすぐケベック州。


オタワがちょうどトロントを中心とするイギリス文化とモントリオールを中心とするフランス文化の分岐点という感じ。街を歩いていても、トロントにいるよりはフランス語が聞こえた。

ちなみに、そもそもオタワに行ったのは、バスケットボールの生みの親・ジェームズ・ネイスミス博士の生誕地を訪れるため。そこはオタワ郊外で、のんびりした自然たっぷりのところだった。


トロントからオタワは車で4,5時間。次回行くときは車で行くことにチャレンジしてみたいな!



2017年3月2日木曜日

Seedy Saturday!

まだ時折氷点下二ケタなんて日もあるけれど、カナダの長~い冬は一応折り返しを過ぎて、春の兆しをわずかに感じられるようになってきた。そうなると、気が早いとわかってはいてもつい考えてしまうのは「今年は庭に何を植えようかな!」ということ。



モノによっては3月半ばくらいに小さなコンテナに種まきして室内で大事に大事に発芽させて苗木を作るものね。もうそろそろ準備しだしてもいいでしょう!

そんな時期にうってつけのイベントが。Seedy Saturdayという、種の販売&交換会。2月末~3月にあちこちの町で開かれるようだ。(Seedy = 種の多い、種のある、という意味)


私も先週土曜、トロント市のボタニカル・ガーデン(植物園)内で開かれたSeedy Saturdayに行ってきた!

大きな会場に種苗会社や農家のベンダーが並ぶ。オーガニック、エアルーム(heirloom=古来のままの品種)、Non-GMO(非遺伝子組換え)のものがほとんどで、とっても種類が多い!



本来なら、ちゃんと庭に何をどう植えるか、定植の間隔や陽の当たり具合なんかも計算しながら、ちゃんとデザインしてからじゃないと、何を買うか決められない。正直、目移りしながら、私はぐるぐると会場内を彷徨った、、、。


それにしても、パッケージも可愛くて、イラストと実際の種は関係ないにしても、可愛さを理由に買いそうになっちゃう。



それから、コンポスト方法の紹介や、キッズ向けのプログラム、種苗保護のインフォメーション、フード関連NPO活動紹介など、教育的側面もしっかりある。



私が時々参加している食用野草の会の方のプレゼンもあったので、そちらも参加。知っている人がいるとまた楽し。


こちらは養蜂家のベンダー。地元オンタリオ産のハチミツを売っている他、養蜂セミナーやハチミツの効能などもPR。自分で蜂を飼って「マイ・ハニー」を収穫したい人は結構いるらしい。(私もいつか、、、?)


ハニー&ラベンダーやバラやショウガ、ドレッシング用のハニー&酢、ハニーベースの石鹸といろいろ。私は料理用にハニー&ターメリックを購入。



これは、オーガニックのココヤシの粕で出来た発芽スターター。(写真ではバーに見えるが、小さなディスク上のスターターが重なっている)水を少し加えると膨張するのでここに種を撒く。栄養たっぷりの土台ですくすくと発芽する。あとはこのスターターごと定植。


植物由来のクリーニング製品も。ピンクの汚れ落としワックスは、チェリーでできている。


この日はフードベンダーも出ていて超嬉し!しかもオーガニックフード!普段は毎週木曜にここで開かれるファーマーズ・マーケットに出ているそうだが、イベントがあるときも出店するそう。今度はファーマーズ・マーケットも来なくちゃ。ワクワク。



こちらのベンダーはペストリーの生地がサックサクでびっくりするくらい美味しかった!同僚3人にお土産に買っていったが、全員が「え?これすごく美味しい!」と声を出した。しかも1個2.5ドルの安さ。リピート決定!



さて、肝心の種は、、、いろいろ見た割には、とりあえず5種ほど。多分これからこういうイベントやホームセンターのガーデンコーナーがオープンするたび買っちゃいそうだから、一回あたりは買い控え(笑)


ここのボタニカル・ガーデンはシーズン中に来たことがないので、今度は春~秋の花や緑の季節に時間をかけてゆっくりとガーデンを楽しみに来たい。


調べると、ハーブのスキンケアグッズ作りとか面白そうなプログラムもやっている。もちろん大好きなファーマーズ・マーケットもシーズンになったら来ようっと。